もあです

もあの人生観から日常

月曜日が憂鬱な時

休日が終わり、また仕事や学校に行かなければならない。毎週のように襲ってくるストレス。悩んでいる人も多いのではないだろうか。

そんな人達に解決方法を伝授しよう。

それは、月曜日に「楽しみ」を作る事だ。

自分は毎週月曜日、決まって友人とラーメンを食べに行く事にしている。毎週、その時間が楽しみで仕方がない。そうなってから、月曜日が憂鬱に感じなくなってきたのです。

そもそも月曜日によるストレスとは、仕事をしなければいけないという行為が嫌だからであろう。

ならばその嫌な事以上に楽しみな事を作れば良い。

何でも良いのだ。自分の趣味でも、なんでもいい。少しでも自分に、ささやかな幸せをもたらしてくれる存在。それを作っていこう。

嫌われる勇気

「嫌われる」これは実にネガティブな言葉だ。

嫌われる要因は人によって様々。

外見、性格、趣向、言動。

しかしそれはあくまで個人の尺によって測られるものであり、一律に「嫌われ者」と位置づけるのは些か疑問に残る所がある。

嫌われない為には様々な方法がある。美容に気を遣う、内面を隠す、落ち着いた行動を心掛ける、等。

これら全てに共通すること。前述した通り、嫌われるというのはあくまで個人の尺によって測られた結果。つまりは相手に合わせる為に己の自我を抑えているのだ。

このような視点で見てみれば、むしろ嫌われない事の方がおかしいとは思えないだろうか?他人の機嫌取りの為に自分を犠牲にするのは、はっきり言ってバカバカしい。

しかし嫌われるのもそれはそれでいい気分はしないものだ。ではどうするか。

答えは簡単。自分を好いてくれる人間と共に行動する事だ。

本当の自分を嫌う存在と無理に付き合っていく必要はない。むしろそういう相手の為に自分を抑えるのは変。

しかしながら日本は学校や職場等、閉鎖的環境が多い気がする。このような状況ではもはや嫌われる勇気を持つ他ないのだろうか。

結婚観について

「現代は結婚しなくても幸せになれる時代だ」と良く耳にする気がする。

男女共同参画社会、を謳ってきた日本の功績とも言えるがしかし、これが少子高齢化に繋がっていると気づいたときにはもう遅かった。

数十年前の高度経済成長時代。

一家の大黒柱であった父親は都市へ出稼ぎに、一家を守る存在とされた母親は子供達を育てた。当時はそのような社会、つまり結婚し子供を産むのが当たり前だったとされていた。

無論、そこに「男女共同参画社会」という概念が入る余地は無い。ある意味、人は夫婦もとい家族という枠に縛られた思想だった。

バブル崩壊後、失われた10年リーマンショックと続き、経済的に不安定な状態となり、結婚する事が難しくなってゆく。そこで広まったのが男女共同参画社会。

人間はいつしか個々で生活する事が当たり前となっていった。

こんな社会で、では結婚すべきか否か。この答えは大きく二つの視点から見ることが出来る。

一つは、自己・現代重視型。現在はインフラ整備やネットの普及により、一人でも十分生活できる環境が整いつつある(むしろもう大成したという見方もできるが)。アベノミクスの効果があるとはいえ、まだまだ好景気とは言い難い。この状況で結婚するのは、少しリスクが高い。

もう一つは、他者・未来志向型。この視点の大きな軸となるのはやはり少子高齢化だろう。この少子高齢化を食い止めるには結婚を促進する他無く、またそれが原因で食い止めるのが難しい。

自分がどちらを選ぶのか。

どちらかが良くてどちらかが悪いという訳ではない。自分の人生を決める権利は当然自分にある。

自分がどう生きたいのか、そのビジョンを決める時に、そういった視点についても考えていきたい。

自分の人生観について

このブログ兼日記が私の見解の下書かれる為、まずは私の人生観を軽く皆様にご紹介したいと思います。

普通の人生を歩むとするならば、生まれ、育ち、独り立ちし、安定した職につき、結婚し、子孫を残し、散る。

こんなものでしょう。

この固定概念と化した人生の教科書的道筋はあながち間違いではないでしょう。この生き方をすれば大半の人々は満足します。

しかし世の中にはそれ以上を目指す者がいます。良く言えば向上心の高い者。悪く言えば傲慢な者。

それを二分する決定的な違いは他人への配慮だと思います。

偉くなりたい。金持ちになりたい。

ではそれが達成した時に次に何を望むか?

向上心のある者はこう言います。「他の人の役に立ちたい。」

傲慢な者はこう言います。「もっと欲しい」

欲望を開放する。素晴らしい事です。

そうやって国は発展してきました。

しかし同時に他人への思いやりも無いとそれは一気に兵器と化します。

自らの酒池肉林の為に他人を犠牲にしてまで欲望を叶える。かつてそのようにした国王達は皆、それまで虐げてきた者たちに打倒された。

逆に、向上心しかない者は衰退の一途を辿るでしょう。

他人へ尽くしすぎると身を滅ぼします。多少なりとも自分を大切にしなければ、他人を助ける事はできません。

向上心と傲慢さ、そのどちらをも両立して初めて人はどんどんと成長していくのではないでしょうか?

 

というような感じです。

5分で書き終えたので文脈が変な所はあるかもしれませんが…

そこはご愛嬌という事で、勘弁して頂けると幸いです。

明日からもこのような投稿を続けて行こうという所存でありますので、どうかよろしくお願い致します。(といってもまだ始めた直後なので読者様など誰一人としていないのですが…)

はじめまして

「もあ」と申します。

このブログ兼日記には私の人生、または現代社会においての様々な出来事を私個人の見解の下、書いていきます。

哲学的内容からただの感想まで、色々と書いていきます。

読んでいただけると幸いです。